【聖都物語 試編 01】

 戸口から子供がこちらを伺っている。
 といってもその子供の鼻から下は飛蝗のように左右に別れたおそろしげな大顎になっていたから普通の子供ではない。そもそも目が良くなくて遠くのものがぼやけてしか見えない僕の目にはっきり見えているという時点で普通の子供なわけはなかったのだ。
 覗いているのはその「子供」だけではなかった。窓には小さな馬や象が身をのりだしていたし、いつの間にか床に転がっていた石のおもてにはにんまりと笑う女の顔が浮かんでいる。
 はあ、と僕はため息をついて声をかけた。
「隠れたってだめですよ。あなたがいらっしゃると賑やか過ぎるんです。巫女姫」
「つまらんのうヌアットは。かくれんぼも張り合いがない。神々の姿が見えるというのも良し悪しだ。だいたい神々も隠れていてくれというのにちいとも言うことを聞かぬ」
 大顎の子供の背後からぼんやりとした小柄な姿が現れる。もちろん現れた相手がぼやけているわけではなくこちらが僕の本来の見えかたなのだ。
 目を細めるとどうにか頬を膨らませた少女の顔を見分けることができた。
「そのちからを見込んで学究員に推挙してくださったのは巫女姫ですよ」
「それはそうだが……」
 少女はまだ不満そうだったが、やがて気を取りなおして僕に向き直った。
「まあよい。今日は大事な用があって来たのだ」
「大事な用、ですか」
 僕は読みかけの文献を置いて居住まいを正した。神殿に籍を置く僕にとって、巫女姫は最高位の上司なのだ。その彼女が大事なというからにはまたなにか込み入った事件が起こったのに違いないのである。
「うむ」
 重々しく巫女姫がうなずく。
「ミグとンクララとイル、それからお前の師匠な」
「はあ」
 いまとなってはこの聖都における僕の最も近しいひとたち。その4人がなんだというのだろう。僕は身を乗りだした。
 巫女姫はもったいぶった調子で僕に向かって言った。
「4人のうち誰のおっぱいが一番柔らかい?」
「はあ?」
「前から思っていたのだ。大きさならやはりンクララであろう。いったいどうすればあのような巨大な乳になるのかまったく不思議じゃ。だが柔らかさではどうなのだ?」
「……」
 僕の沈黙には構わず少女は熱心に続ける。
「やはりンクララのおっぱいが柔らかいのか、あるいはああ見えて意外と触ってみると固いものかもしれん。一方ミグのおっぱいなど真ん丸でいかにも柔らかそうだ。意外とお主の師匠もあなどるわけにはいかん、果物であればよく熟した方が柔らかいものだしな。そしてそう考えてみると、イルもあれで触り心地は良いものであるかも。ほどよい大きさがかえってそそるとは思わぬか。……考えれば考えるほどわからなくなってくるのだ」
 巫女姫はひとりでうんうんとうなずいている。
「そこでな。いろいろ考えたあげく、これはやはり実際に触ったことのある者に聞くのが一番と思ったのじゃ。どうだヌアット、4人の中で一番柔らかいおっぱいをしていたのは誰だっ?」
「知りませんよっ!」
「なんじゃ、もったいぶらずに教えてくれ。代わりに神殿で一番お前のことを好いている巫女が誰か教えてやるから」
「誰なんですかそれは……っじゃない! そんなこと知りたくありません! それにそもそも僕は誰のお……、む、胸も触ったことはありません!」
「なんじゃと! ヌアット、お主はそれでも男か!」
「ほっといてくださいっ! ていうか大事な用ってのはそれだったんですか?」
「それも大事なことのひとつじゃ」
「え、じゃあ」
「むろんじゃ。巫女姫たる妾が乳の柔らかさだけのためにここまでくるわけはなかろ」
「じゃあやはりなにか事件が」
「うむ。……しかし本当に誰のおっぱいも触っていないのか?  ミグなど一緒に住んでおるのだからその気になれば揉み放題であろうに」
「いいから早く本題に入ってください!」
「まったく巫女姫づかいの荒い男よな」
 ぶつぶつ言いながらも巫女姫は僕に話を聞かせてくれた。




<扉 / 02>

※挿画:ヒロポン
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