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第1回 解説
『コミックスドロウイング』(誠文堂新光社)2号掲載

連載は3ページ+裏話1ページの計4ページで構成されています。
フルサイズのビジュアルと、裏話については掲載紙をご覧ください。
サイト上では、紙面に載りきらなかった細かな部分を掲載していきます。

解説テキストはすべて伊豆平成。
ビジュアルは『コミックスドロウイング』誌表紙を除いてすべてりりんら。





その1:憤るニカンバ

 すでに宴殿(クァダンカ)が建てられてはいるが、物語は愚かな貴人ヤッサムが「景色のいい土地」を見つけ、周辺の貧しい人々の家を壊して更地にしてしまうところから始まる。
 ニカンバは生まれついての怪力の持ち主の少女(荷重の神ヌルムの化身かもしれない)。
 宴殿を見上げているヤッサムの脇に控えているのはお抱えの傭兵で、住民を追いはらうのに使った槍を手にしている。ハンムーは当時でも鉄の武器を使っていた。

※クァダンカとは――ハンムーやヴォジクの貴人が作らせた宴会用の小規模な御殿のこと。一見すると粗末だが、高価な材木を使って意匠を凝らして作られた瀟洒な造りの建物。そこからの風景を絵画に見立てて宴を楽しむもので、建築場所、窓の大きさや位置、建物の方角などが重要視される。裕福な貴人が山野や湿地などへんぴな場所を切り開いて建てては、酒や料理を持ち運び、選ばれた客だけを招いて静かな宴が催された。





その2:ハンムー王と“ノツシュの”ヨニムニ

 この絵の情景までに、木の宴殿はニカンバがヒョイと担いで投げ飛ばして壊してしまう。石造りの宴殿も壊されて、すっかり面目を失ったヤッサムは魔物を退治してくれとハンムー王に泣きついた。そうすれば、王がヨニムニに相談するとわかっていたからだ。
 この時代すでにハンムーの王宮は都だけで三つもあるが、ここは“春の宮殿”の奥にある、王が個人的に親しい者と会う部屋である。“ノツシュの”ヨニムニは、愛用の水牛に乗ったまま王宮内に入ることを許されている。
 二人のやっている「蛙将棋(カナン語で何というかはまだ不明)」は、大小さまざな何種類かの蛙が相手の上を飛び越えたり卵からオタマジャクシになり蛙に育ったりしつつ領地を奪い合う複雑な遊技である。
 侍女が運んできたグラスには、高価なチャン(葡萄酒の一種)が注がれる。ハンムーの貴人が好んで飲む酒だ。
 ハンムー王は、りりんらさんが描いた“底なしの”テカの男性バージョンを見た私が「王様はこんな感じにして!」と頼んだことで誕生した。その瞬間、当時(って、いつなのか不明。そのうち判明すると思う)のハンムー王は、若くて聡明で、貴人たちにはちょっと意地悪で、ヨニムニを信頼しているいいやつ――であることが判明したのである。



その3:“十人力の”ニカンバが家来になる

 ここではムングたちの説明をしよう。
 この絵に蠢いている、ヨニムニとニカンバと水牛以外の「何か」は、全てムング(カナン語で「神」の意)である。
 ムングは姿が定まらない者が多く、ここに描かれた神々も名前の判明していないものがほとんどだが、画面右上を駆け抜けているのはチャネ(噂の神)と思われる。たくさんの顔を持つとされるこの神が飛び回ると、噂は人から人へ瞬く間に伝わっていくのだ。
 左の木の陰からニカンバを見守っているのは、ゴ=ドゥクィン(子供を見守る神)であろう。
 ヨニムニの右にいる大きな神はニヘナ(川の水の神)自身かその眷属で、二人を見に来たというより、川の水を〈ン・グラドの糞〉で汚されはしないかと見張っているようだ。
 右下隅の二人組の小神に踏みつけられている腐食の神ン・ペキは、腐敗の神モヒトの眷属として知られている。



こぼれ話
その1:八門衆のキャラクター
 ヨニムニ八門衆は、カナンの世界を使ったゲームの中で「遠い昔のハンムーの伝説的人物」という設定だったので、各人の名前だけが決まっていた。
 りりんらさんに名前のリストを渡し、ブレスト時に「八人中の男女比率は男子多めで」とか「“底なし”は大食いで、“口なし”は普段は無口だがものすごい大声」とか「ニカンバは子供でもインパクトがあっていいかも」なんてことを言ったくらい。
 しばらくして、“十人力の”ニカンバと“猿臂の”ネモウのラフが。さらには“底なしの”レカまでがラフが上がってきた。
 締め切り間際のりりんらさん曰く「八門衆、他の人も考えていくのは楽しいのですが、あんまり突っ走っても次が大変そうなので、自分でセーブをかけてます。レカが女の人、ニカンバも女の子、王様が美形、猿もまあ猿顔とはいえ……と思うと、槍の人はムキムキの武人でもよさそうな気はしているのでした」
 いいぞいいぞ。どんどん他の八門衆も考えて〜。

その2:写真集から絵本へ
 初めは「カナン世界での紀行写真集みたいなもの」という企画だったのだが、田中桂やりりんらさんとブレストしてネタだしをしていくうちに、「物語」を核にすえて絵本テイストでカナンを紹介することになった。
 では、どんな物語にするか……という段階で、プカプカでも良いかなあと思っていたところ、以前に設定した「ヨニムニ八門衆」が好評だったので、「八門衆がそろうまでの物語」に決定した。

その3:私のカナン観
 カナンは誰もが創造主になれる世界だ。ただ、世界観や法則は創造する人たちの中である程度そろっているほうが良い。その辺は、すり合わせていったほうが心地良いわけだ。
 私はこの世界を完全に知っているわけではない。現実世界から、顕微鏡やら望遠鏡やらをのぞくようにしてカナンを観察し、わかっていることを他の人に伝える――そんな感覚なのだ。
 だから、カナンのことを考えながら物語を書いたりしているうちに新しい発見があったり、以前見つけたと思った真実が間違っていたりすることもよくある。カナンを創造するのは、ちょっと科学の研究に似ていると思う。

その4:ポケット
 ニカンバのラフを描いているりりんらさんから「ポケットはあっていいのか?」との質問を受ける。現実世界の長い服飾の歴史を考えてもポケットはかなり新しいファッションだ。だから恐らくカナンにもないだろう……と私は思ったので「ランギニョクという帯状の財布があるので、それに似た小物入れがあればポケットに近い機能を果たすと思います」と答えた。
 その結果、ニカンバはそういうものを身につけた。これがカナン語で何というかはまだ不明である。



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