【五】

 縛り上げられたヌアットは、地面に掘った穴の中に閉じこめられています。半カイほどの深さの穴ですから、よじ登れないものではないのですが、両手足を縛られている状態ではどうしようもありません。
 何度もウラナナの名を叫びますが、もちろんそれでどうなるものでもなく、ただ遠くから聞き慣れない神嫁の儀式の太鼓の音が届いてくるのに歯がみをするばかりでした。
 やがて夜になり、おどろおどろしい太鼓の音が、成人の儀式の軽やかなものに変わった頃、エシャーが穴を覗き込みました。
「大丈夫か? ヌアット」
「大丈夫なものか、ウラナナはどうなった。ウラナナを返せ!」
 まるで仇を見るような目をするヌアットにエシャーは悲しげな顔をして、「お前はそんなにあの娘のことが好きなのか? 彼女は村を救うために神に捧げられるんだぞ」と聞きます。
 ヌアットは叫び過ぎでかすれてしまった声で怒鳴りました。
「そんなこと俺が知るか! 俺はウラナナが好きなんだ。たとえ相手が神だって、ウラナナを渡しはしない!」
 そう叫ぶヌアットに、エシャーは手をさしのべます。
「成人の祭にみんな気がいっている今なら逃げ出せる。縄を解いてやるから」
「エシャー?」
 ヌアットの縄が解かれ、穴から外にでると、そこには〈風読みの〉ナナハもいました。
「あの娘を助けたいのかい? だったらこれを持っておいき」
 そう言って一枚の木札を手渡しました。
「これを額にかざしていれば、神の急所を見ることができる。もしそこをひと突きで刺し貫くことができれば、たとえ神でも殺してしまうことができるだろう。生け贄の娘を取り戻すとき、どうしても必要になったら使うがいい」
 木札を受け取るヌアットに、ナナハは興味深げな視線を投げかけます。
「エシャーがどうしても頼むから協力してやるが、ひとは神に逆らうものじゃない。もし神から花嫁を奪うことに成功しても、その後どうなるか、私は知らないよ?」
 その言葉には答えず、ヌアットはその場を走り出しました。




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