【六】 川の神に捧げられたウラナナを追って、ヌアットは小舟を大河に漕ぎ出します。
ウラナナが小舟に乗せられて川に流されたのは、もう一ヤナー近くも前のこと。ヌアットの櫂を握る手にも力が入ります。 ゆったりとした大河の流れを切り裂くようにして舟を進めていくと、やがて真っ黒な水面に白く見え隠れするものを見つけました。 急いで漕ぎ寄せると、それは裸のまま気を失って水面に浮かんでいるウラナナでした。暗い川面から染み出すように白い少女の裸身の怪しげな美しさに圧倒されながらも、ヌアットはウラナナを舟の上に引き上げます。 そのときでした。 水面がまるで山のように持ち上がったのは。 小舟が大きく傾ぎます。 必死で身体を支えるヌアットの目の前で、盛りあがった水面は突然爆発し、なかから巨大な魚が躍り出ました。 しかしそれは本当に魚と言えるのでしょうか? 舟よりも大きな巨大な身体は、まるで鉄のように重々しく輝き、なによりその頭は見たこともないような奇怪な形に膨らんで、何本もの角を猛々しく突き出していたのでした。 「川の……神……!」 ヌアットはそれが川の神の化身であると気づきます。花嫁を奪われると思って襲ってきたのです。 巨体は空中で身体をひとひねりすると、再び水面に飛び込んでいきました。そのおかげでまたヌアットの小舟はひっくり返りそうになってしまいます。 「ラッハ・マク! あいつ、俺をにらみつけやがった……」 川の神は水に飛び込む瞬間、確かにヌアットの方を見たのです。その目は、憎悪に満ちているようにヌアットには思えました。 「くそ……」 ヌアットはナナハにもらった木札と、そして槍を手にします。 もう一度襲ってくるようなら戦わなければなりません。そして、川の神は間違いなくそうするつもりなはずです。 再び水面が大きく盛りあがりました。今度はほとんど舟の真下からです。ヌアットは必死で櫂を漕ぎ、川の神の突撃を避けようとします。 舟への直撃をわずかに逸れ、再び水面が爆発します。 ヌアットは慌てて木札をかざしました。木札を透かしてみると、川の神の姿は夜の闇の中で太陽のようにぎらぎらと輝いて見えます。 そしてその光の中で、一層光る場所。それがどうやら神の急所のようです。 「あそこを狙えば……っ」 ヌアットは小舟の上で足を踏ん張ります。 空中に躍り上がった川の神は、そのまま姿勢を変えてヌアットの方へと突っ込んできます。 耳をつんざく雄叫びを川の神が発しました。 「うおおおおおおっ」 ヌアットも負けじと叫び返し、そして槍を投げつけました。 まっすぐに飛んだ槍は、日頃の修練の甲斐あって、見事に木札が見せてくれた急所へと吸い込まれていきました。 槍が突き刺さります。 その瞬間、川の神の身体は空中でがくんと姿勢を崩して、まっすぐ水面へと落ちていきました。 大音響と共に水柱が立ちあがり、今度は槍を投げるために舟を操りきれなかったヌアットは、ウラナナと共に大河の上へと放り出されてしまったのでした。 「ウラナナーっ」 ヌアットの叫びは、荒々しく渦巻く大河の水面に虚しく吸い込まれていきました。 | ||
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